大判例

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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)264号 判決

アメリカ合衆国

12345 ニユーヨーク州 スケネクタデイ リバー・ロード 1

原告

ゼネラル エレクトリック カンパニー

同代表者

ピーター エム エマニユエル

同訴訟代理人弁理士

田中浩

荘司正明

木村正俊

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

小暮与作

山崎達也

吉村宅衛

小池隆

主文

原告の請求を棄却する

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成2年審判第15844号事件について平成7年5月10日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文第1、2項と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

アールシーエー コーポレーションは、昭和56年2月24日、名称を「カラー・テレビジョン信号伝送装置」とする発明につき、1980年2月25日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、特許出願(昭和56年特許願第26721号-以下「原出願」という。)をし、昭和62年12月1日、原出願からの分割出願として、発明の名称を「テレビジョン信号記録装置」とする発明(以下、「本願発明」という。)につき、特許出願(昭和62年特許願第305508号)をしたが、平成2年4月6日拒絶査定を受けたので、同年8月27日審判を請求した。特許庁は、この請求を平成2年審判第15844号事件として審理した結果、平成7年5月10日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年7月7日アールシーエー コーポレーションに送達された(出訴期間として90日附加)。

なお、原告は、1987年12月31日、アールシーエー コーポレーションを吸収合併し、平成7年10月20日、特許庁長官に対し、その旨の特許名義人変更届を提出した。

2  本願発明の要旨

磁気記録テープ上にカラー・テレビジョン信号を記録するためのテレビジョン信号記録装置であって、上記信号のすべての線期間を記録するように配列されており、上記信号の各線期間は2つのクロミナンス成分と1つのルミナンス成分とを含み、

各線期間の2つのクロミナンス成分を時間的に圧縮された形で時間的に順次各別に出力に供給するためのスイッチング装置と時間圧縮装置とを含む信号処理手段と、

上記出力に結合されていて、該出力から各線期間の2つの各別のクロミナンス成分を受信して、これらを磁気テープ上の同じトラックに上記時間的に圧縮された形で時間的に順次記録し、また各線期間のルミナンス成分を別に受信して、これを上記磁気テープ上の別のトラックに時間的圧縮を受けることなく記録する記録手段とを具備し、

各線期間の上記2つの時間的に圧縮されたクロミナンス成分は共同して1線期間の少なくとも同じ走査部分に対応するトラックの部分を占めるように時間的に連続して記録され、一方、各線期間の上記ルミナンス成分は1線期間の少なくとも上記走査部分に対応する別のトラックの部分を占めるように記録される、テレビジョン信号記録装置。

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  これに対して、特公昭41-3643号公報(以下「引用例1」という。)には、

「カラーテレビジョン信号より垂直ブランキング信号を含む輝度信号と、色度信号とに分離して取出し、輝度信号を二つの回転磁気ヘッドに供給し、両回転磁気ヘッドによって磁気テープ上に斜め方向の磁気トラック群よりなる二個の磁気記録帯を形成し、一方の磁気記録帯に主として垂直ブランキング信号を記録し、他方の磁気記録帯に主として垂直ブランキング信号以外の輝度信号を記録し、一方色度信号を他のもう一つの回転磁気ヘッドに供給し、これによって磁気テープ上の輝度信号を記録する磁気記録帯にほぼ平行に斜め方向に磁気トラック群を形成して色度信号を記録するようになしてカラーテレビジョン信号を記録し、またこれより再生するようになした新規な磁気録画装置を得んとするものである。」(2頁左欄13行~26行)、

「記録系2において4はNTSC方式によるカラーテレビジョン信号入力端子で、デコーダー5に接続されている。デコーダー5には三つの出力端子6a、6bおよび6cを有し、それぞれY信号、I信号およびQ信号が取出される。・・・(中略)・・Y信号は第2図Aにて曲線7に示すごとく、例えば0~4MC/Sの帯域を、I信号は同図Bにて曲線8に示すごとく例えば0~1.5MC/Sの帯域を、Q信号は同図Cにて曲線9に示すごとく例えば0~0.5MC/Sの帯域をそれぞれ有する。」(2頁左欄33行~45行)、

「磁気ヘッド48および49は磁気テープ1に対し、これにてY信号の被周波数変調信号を記録するものであるが、一方の磁気ヘッド48はY信号の被周波数変調信号中主として垂直ブランキング区間の信号を他の磁気ヘッド49は主として垂直ブランキング信号区間を除く信号をそれぞれ分割して記録し、よって磁気ヘッド48は同期信号記録用磁気ヘッドと称され、磁気ヘッド49はY信号記録用磁気ヘッドと称される。このような記録をなす磁気ヘッド48および49の磁気テープとの関係は後述する色度信号用磁気ヘッド55とともに回転磁気ヘッド装置として後述しよう。」(3頁右欄第20行~31行)、

磁気トラックについて、

「磁気ヘッド48にて第8図B中66で示すごとく主としてこの区間t1内の一定区間t2の垂直ブランキング信号が磁気トラック64上に記録され、磁気ヘッド49にて第8図C中67で示すごとく主として区間t2を除くY信号がトラック65上に記録される。」(5頁左欄3行~8行)、および

「第6図にて点線71で示すごとく相隣るY信号トラック65間に磁気ヘッド55によるトラックが形成されるようになす。」(同欄25行~27行)、

「上述せる回転磁気ヘッド装置56を使用すれば第8図Aに示すごときY信号61は第6図に示す1本のトラック64および65上にY信号の1フィールドまたは1フレームの信号を記録し得、また1本の磁気トラック71上に第8図Dに示すごとき増幅回路54よりのC信号72中、主として垂直ブランキング区間を除く1フィールドまたは1フレームのC信号を第8図E中73にて示すごとく記録し得る。」(同頁右欄12行~19行)、と記載されている。

〈2〉 また、特開昭49-49536号公報(以下「引用例2」という。)には、

「輝度信号を記録蓄積する輝度信号蓄積部と、二種の色信号の時間軸圧縮を行ない、テレビジョンの一水平走査期間内に統合挿入する時間軸圧縮統合回路と、該圧縮統合された色信号を記録蓄積する色信号蓄積部と、記録された色信号をもとの時間軸にもどしかつ二種の色信号に分離する時間軸伸長分離回路とを有し、もって伝送されてきたカラーテレビジョン画像信号より静止画像の記録再生を行なうことを特徴とするカラー静止画像映出装置。」(特許請求の範囲)が記載されており、

「カラーテレビジョン受像機(1)からの輝度信号(Y)は輝度信号蓄積部(2)に含まれかつノコギリ波電流で偏向される信号蓄積管に記録される。記録面の輝度信号の一記録状態は第4図(A)に示される。また第2図(イ)に示される一水平期間の色差信号(R-Y)と、第2図(ハ)に示される一水平期間の色差信号(B-Y)は時間軸圧縮統合回路(9)で時間軸圧縮され、この色差信号(R-Y)は1H、色差信号(B-Y)は約1/2H遅延された後に統合され、第2図(ロ)に示されるように前半が(R-Y)信号、後半が(B-Y)信号からなる色信号情報が前記信号蓄積管と同様の構成を有する色信号蓄積部(10)の信号蓄積管に記録される。記録面の圧縮色信号の一記録状態は第4図(B)に示される。第3図(a)(b)(c)(d)は同一時間軸におけるカラーテレビジョン信号を示している。」(2頁左上欄3行~17行)と記載されている。

〈3〉 特開昭51-105727号公報(以下「引用例3」という。)には、

「3個の独立信号の内1個が輝度信号で他の2個が2つの原色信号または色差信号であって、時間圧縮によって1個の順次信号を作るに際して、1H期間に輝度信号を圧縮しないで、そのままはめこみ、つぎの1H期間に上記2つの原色信号または色差信号を1/2に時間圧縮して、時間的に前、後の1/2Hずつにはめこむことを特徴とするカラーテレビ信号の処理回路方式。」(特許請求の範囲第8項)が記載され、

さらに、これらの信号を記録媒体に対して記録し、再生すること(明細書全体)が記載されている。

(3)  まず、本願発明と対比しながら、引用例1の記載を検討すると、引用例1記載の「輝度信号」、「色度信号」は、本願発明の「ルミナンス成分」、「クロミナンス成分」に相当し、引用例1記載のものは、輝度信号(ルミナンス成分)について、磁気記録テープ上の色度信号(クロミナンス成分)を記録するトラックとは別のトラックに時間的圧縮を受けることなく記録されることが上記抽出認定した記載から明らかである。また、輝度信号トラック(65)と2つの色度信号のトラック(71)とは平行かつ相互に隣接しているから、輝度信号と色度信号との1線期間が対応する配置であることも明らかである。さらに、引用例1記載の「本発明によるカラー磁気録画再生装置の一例を示す系統図」について信号の流れを追っていくと、連続して受信しているNTSC信号を抜き取る等してテープに連続的に記録するのを妨げる特別の構成が何んら記載されておらず、輝度信号と色度信号とが同等に記録されていることからみて、引用例1記載において、輝度信号及び色度信号の両者ともフィールド又はフレームにわたって全ての信号が順次記録されると解するのが普通であるといえる。他方、再生側を特別の画像処理に限定できない一般のテレビジョン信号の記録装置においては全てのフィールドおよびフィールド内の全ての信号を記録することが一般的である。これらを総合的にみると、カラーテレビジョン信号のすべての線期間を記録する点において、本願発明と引用例1に記載されたものとに差異がないというべきである。

したがって、本願発明と引用例1に記載されたものとは、

〈1〉 磁気記録テープ上にカラー・テレビジョン信号を記録するためのテレビジョン信号記録装置であって、

〈2〉 上記信号のすべての線期間を記録するように配列されており、上記信号の各線期間は2つのクロミナンス成分と1つのルミナンス成分とを含み、

〈3〉 各線期間の2つの各別のクロミナンス成分を受信して、これらを磁気テープ上の同じトラックに記録し、また各線期間のルミナンス成分を別に受信して、これを上記磁気テープ上の別のトラックに時間的圧縮を受けることなく記録する記録手段とを具備し、

各線期間の上記2つのクロミナンス成分は共同して1線期間の少なくとも同じ走査部分に対応するトラックの部分を占めるように時間的に連続して記録され、一方、各線期間の上記ルミナンス成分は1線期間の少なくとも上記走査部分に対応する別のトラックの部分を占めるように記録される、テレビジョン信号記録装置である点で一致しており、次の点で相違する。

クロミナンス成分の記録について

本願発明では、各線期間の2つのクロミナンス成分(I、Q)を時間的に圧縮された形で時間的に順次各別に出力に供給するためのスイッチング装置と時間的圧縮装置とを含む信号処理手段を具備し、上記出力から各線期間の2つの各別のクロミナンス成分(I、Q)を受信して、これらを磁気テープ上のクロミナンス成分のトラックに、1線期間の走査部分に対応するトラック部分を占めるように、時間的に連続して記録する記録手段を具備している、すなわち、2つのクロミナンス成分を1線期間のトラック部分に、時分割多重形式で記録しているのに対して、

引用例1に記載されたものは、2つの色度信号については、I信号と変調回路51で周波数変調されたQ信号とを混合回路50と周波数変調回路53とで周波数多重化して上記の磁気ヘッド54により磁気テープ1上の第2のトラック(色度信号用)に記録する点

(4)  当審の判断

〈1〉 そこで、上記相違点について検討すると、色度信号すなわち2つの色差信号について輝度信号の1線期間に対応する1線期間に圧縮して時分割多重化して記録することは、引用例2及び引用例3に記載されており、公知であって、信号の多重化として時分割多重化と周波数分割多重化が周であってどちらを採用するかが必要に応じて任意に決定されていることを考慮すれば、引用例1記載のテレビジョン信号記録装置において色差信号の部分を引用例2、3のような時分割多重形式の記録に代えることは容易に想到できるものと認められる。

この場合に、輝度信号と色度信号とは別のトラックに記録され、両者間については時分割多重化を行わないのであるから、輝度信号と色度信号の両者共に全ての信号が記録されることは明白である。

〈2〉 そして、本願発明が奏すると審判請求人が主張する効果には、引用例1、2及び3に記載されたものが有する効果の総和にすぎず、格別のものとはいえない。

(5)  したがって、本願発明は、引用例1ないし3に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)ないし(3)は認める。

同(4)〈1〉のうち、「この場合に、輝度信号と色度信号とは別のトラックに記録され、両者間については時分割多重化を行わないのであるから、輝度信号と色度信号の両者共に全ての信号が記録されることは明白である」ことは認め、各の余は争う。同(4)〈2〉は争う。

同(5)は争う。

審決は、引用例2に記載された発明及び引用例3に記載された発明の技術的意義を誤認したため、相違点についての判断を誤り、かつ、効果についての判断を誤って、進歩性の判断を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(相違点についての判断の誤り)

審決は、「色度信号すなわち2つの色差信号について輝度信号の1線期間に対応する1線期間に圧縮して時分割多重化して記録することは、引用例2及び引用例3に記載されており、公知であって、信号の多重化として時分割多重化と周波数分割多重化が周知であってどちらを採用するかが必要に応じて任意に決定されていることを考慮すれば、引用例1記載のテレビジョン信号記録装置において色差信号の部分を引用例2、3のような時分割多重形式の記録に代えることは容易に想到できるもの」と判断するが、誤りである。

〈1〉(a) 引用例2に記載された発明(以下「引用発明2」といい、他の発明についても同様に略称する。)は、静止画像を得るために、1画像分の信号だけを蓄積する蓄積管を用いており、本願発明のように時間的に連続する多数の画像信号を次々に記録するものではない。すなわち、本願発明におけるようなテレビジョン信号記録装置は、長時間にわたるテレビジョン信号を貯蔵や運搬等の目的でコンパクトな媒体に記録するものである。通常、静止画像を再生できるように構成されてはいるが、その画質は非常に悪い。一方、引用発明2のような画像静止装置は、放送局内での番組編集等の目的で、1枚分の画像信号を反覆して再生するものであるから、高画質が要求され、通常のテレビジョン信号記録装置とは別のものである。そのために画像静止装置では、1枚分の画像を記憶させるのに、画像蓄積管や電子計算機のメモリなどを用いている。そのため、テレビジョン信号記録装置と画像静止装置とは媒体に画像信号を記録する点で共通してはいても、画像静止装置は記録容量を増やすことによってテレビジョン信号記録装置としての機能を持たせ得るという性格のものではない。

したがって、引用発明2の画像静止装置で行われている技術を引用発明1のテレビジョン信号記録装置に転用することは、必ずしも容易とはいい難い。

(b) 引用発明2においては、ある線期間の1対のクロミナンス成分は、その一方は当該線期間後半に圧縮され、その他方は次の線期間前半に圧縮されるのであるから、圧縮された1対のクロミナンス成分を合わせた期間の長さが輝度信号の1線期間の長さに等しくても、これを「輝度信号の1線期間に対応する1線期間」とはいえないから、本願発明のように「共同して1線期間の少なくとも同じ走査部分に対応するトラック部分を占めるように時間的に連続して記録」されているとすることはできない。

また、このような信号の処理には、書込みと読出しとを同時に行い得る特殊な非常に複雑な構成のメモリが必要で、本願図面や引用例3に示されているような比較的簡単な構成のメモリではこれを行うことができない。したがって、本願発明において時間圧縮された1対のクロミナンス成分1H期間後の線期間に置いたことは、引用発明2からは類推できるものではない。

(c) さらに、本願発明において2つのクロミナンス成分をこのように配列するのに必要な「スイッチング装置と時間圧縮装置とを含む信号処理手段」が明示されていない。引用発明2において、上述のような形で1対のクロミナンス成分を時間圧縮して配列するためには、前記のように書込みと読出しとを同時期に行うことができる特殊なメモリ(甲第8号証)が必要であるが、このようなメモリは書込みと読出しとを別の時期に行うメモリ(本願第1図における遅延線DI1、DI2、DQ1、DQ2)に較べて構造が桁違いに複雑である。したがって、この技術を本願発明のように2つのクロミナンス成分を同じ線期間のトラック上に磁気記録するのに転用することは、容易とはいい難い。

〈2〉(a) 引用発明3は、本来が信号の帯域幅が拡がることや、信号の一部が欠落して再生画像の画質が劣化したりする問題を無視して、3チャンネルの原色画像信号を1チャンネルに多重しようとする着想であり、実施例としてはそのための具体的構成しか説明されていない。審決で引用している特許請求の範囲第8項については、発明の詳細な説明の欄や図面に全く説明されていないので、上記した着想に関する実施例から類推するしかないが、ルミナンス成分と2つのクロミナンス成分とを時分割的に1チャンネルに統合して、磁気記録しようとするものであり、ルミナンス成分とクロミナンス成分とが別々のトラックに磁気記録されるものでなく、1線期間置きに信号が間引かれた形で記録されるので再生画像の画質を著しく低下させるものである。したがって、この技術を引用発明1のクロミナンス成分 の記録に置換することは、極めて困難である。

(b) 被告は、引用例3の特許請求の範囲第8項で引用しているのは、2つのクロミナンス信号の相互の関係について両者を1線期間に圧縮して時分割多重化する技術だけと主張しているが、そのとおりであるとするなら、第8項における2つのクロミナンス信号の処理の態様は、「奇数線期間における2つのクロミナンス信号をそれぞれ時間圧縮して、その一方を偶数線期間の前半に、その他方を偶数線期間の後半に時分割配列し、偶数線期間におけるクロミナンス信号は棄てる」ということになる。したがって、引用例3の特許請求の範囲第8項中のクロミナンス信号に関する部分だけを見ても、クロミナンス信号の半分が失われることが明らかであるから、信号を全く損失を生じることなく記録しようとする本願発明とは異なるものである。

〈3〉 以上のとおり、引用発明2及び引用発明3は引用発明1と整合性がなく、直ちに引用発明1の記載技術におけるクロミナンス成分の記録に関する部分と置換できる性格のものではなく、本願発明は引用発明1の一部を引用発明2ないし引用発明3で置換することによって容易に想到できるとする審決の判断は、誤りである。

(2)  取消事由2(効果についての判断の誤り)

審決は、本願発明が奏する効果は、引用例1、2及び3に記載されたものが有する効果の総和にすぎず、格別のものとはいえないと判断するが、誤りである。

本願発明の奏する顕著な作用効果は、次のとおりである。

〈1〉 すべての線期間におけるすべての信号成分が記録されるために、その再生画像に画質の低下が起こらない。

〈2〉 各信号成分が、テープ上で別々の位置に記録されるため、信号成分間での混信が起こらない。

〈3〉 各信号成分を実用的な周波数帯域内で記録することができる。

第3  原告の主張に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であつて、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

〈1〉(a)引用例2は、「2つの色差信号について輝度信号の1線期間に対応する1線期間に圧縮して時分割多重化して記録すること」が公知であることを立証するために引用したものであり、画像静止装置のものであるか、通常のテレビジョン信号記録装置であるかは引用の主旨とは関係のないことである。引用発明2は、1線期間中に時分割多重配列の技術を用いてI、Qのカラー画像信号を記録する点において、本願発明のものと格別の差異はない。

また、審決において、「輝度信号の1線期間に対応する1線期間に圧縮して」といったのは、期間の長さにおいて対応すると述べているのであって、1線期間の輝度信号と1線期間の色信号との位置関係か対応するといっているのではない。

さらに、テレビジョン(動画)装置と画像静止装置とに共用される技術を相互に転用することは当業者にとって容易なことであり、通常行われていることである。すなわち、動画像信号はフレーム単位(静止画像に相当)の信号の連続であるから、1フレーム分の記録技術についてみると、静止画像と動画像では差異がないことは明らかであり、静止画像の記録技術を動画の記録技術に転用することは、極めて容易なことである。

(b) 輝度信号の1Hと色差信号の1Hとを対応させることは、本願発明と引用例1との一致点である。

そして、引用例2の記載において、色差信号(B-Y)1が1/2Hの遅延であるため、1/2Hずれた1H期間の集合で処理すればよく、このような遅延処理時間の選択による処理は、当業者ならば困難なく思いつくことにすぎない。

なお、本願発明においては遅延圧縮の具体的な限定がなされていない以上、引用発明2が特殊メモリを用いているとしても、これによって本願発明が容易に発明できるとする判断が左右されるものではない。

(c) また、色差信号(R-Y)と(B-Y)とが統合して記録される、すなわち両信号が1トラックに記録されるように選択される以上、引用例2に明記されていなくとも、スイッチの存在は自明であり、かつ引用発明2の「時間圧縮統合回路」が本願発明の「信号処理手段」に対応することは明らかである。

〈2〉 引用発明3は、「2つの色差信号について輝度信号の1線期間に対応する1線期間に圧縮して時分割多重化して記録すること」が公知であることを立証するために引用したものであり、クロミナンス信号が1線期間おきに失われるか否かは、引用の主旨とは関係のないところである。

〈3〉 1線期間に時分割配列する色信号の技術が引用例2、3にあるところ、この技術を色信号多重化をしている引用例1記載のテレビジョン信号記録装置に転用することは、多重技術に関する技術水準を参酌すれば、容易に想到できることである。

そして、引用例3の記載中の実施例(第1図、第2図)をみると、同時期に入力された2つの色信号R1、G1が、次の線期間内の前判にR1信号を、後半にG1信号を配列した信号に形成して記録することが記載されており、この記載にみられるように、1線期間の並列の2つの色信号を次の1線期間に時分割多重配列することは、普通に行うことであって、適宜の設計事項である。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)及び同3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

そして、審決の理由の要点(2)(引用例の記載事項の認定)及び同(3)(一致点、相違点の認定)は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  取消事由1について

〈1〉  審決の理由の要点(4)〈1〉のうち、「この場合に、輝度信号と色度信号とは別のトラックに記録され、両者間については時分割多重化を行わないのであるから、輝度信号と色度信号の両者共に全ての信号が記録されることは明白である」ことは、当事者間に争いがない。

〈2〉(a)  甲第6号証によれば、引用例2に次の事項が記載されていることが認められる(なお、審決の理由の要点(2)〈2〉の限度で当事者間に争いがない。)。

「輝度信号を記録蓄積する輝度信号蓄積部と、二種の色信号の時間軸圧縮を行ない、テレビジョンの一水平走査期間内に統合挿入する時間軸圧縮統合回路と、該圧縮統合された色信号を記録蓄積する色信号蓄積部と、記録された色信号をもとの時間軸にもどしかつ二種の色信号に分離する時間軸伸長分離回路とを有し、もって伝送されてきたカラーテレビジョン画像信号より静止画像の記録再生を行なうことを特徴とするカラー静止画像映出装置。」(特許請求の範囲)、

「本発明は伝送されてくるカラーテレビジョン信号から一画面の信号のみを抜き出し、純電子的に記録し、高速度でカラー静止画像を得ることのできるカラー静止画像映出装置を提供しようとするものである。」(1頁右下欄4行ないし8行)、

「(9)は二種の色信号の時間軸圧縮を行ないテレビジョンの一水平走査期間内に統合挿入する時間軸圧縮統合回路」(1頁右下欄16行ないし18行)、

「カラーテレビジョン受像機(1)からの輝度信号(Y)は輝度信号蓄積部(2)に含まれかつノコギリ波電流で偏向される信号蓄積管に記録される。記録面の輝度、信号の一記録状態は第4図(A)に示される。また第2図(イ)に示される一水平期間の色差信号(R-Y)と、第2図(ハ)に示される一水平期間の色差信号(B-Y)は時間軸圧縮統合回路(9)で時間軸圧縮され、この色差信号(R-Y)は1H、色差信号(B-Y)は約1/2H遅延された後に統合され、第2図(ロ)に示されるように前半が(R-Y)信号、後半が(B-Y)信号からなる色信号情報が前記信号蓄積管と同様の構成を有する色信号蓄積部(10)の信号蓄積管に記録される。記録面の圧縮色信号の一記録状態は第4図(B)に示される。第3図(a)(b)(c)(d)は同一時間軸におけるカラーテレビジョン信号を示している。」(2頁左上欄3行ないし17行)、

「本発明は信号系で時間軸圧縮を行ない、二種の色信号を二部分に分離して記録しているため、信号分離が良好で、カラー画面の画質が低下する恐れが少ない。」(2頁左下欄1行ないし4行)

以上の記載によれば、引用例2には、2つの色信号(色差信号R-Y、B-Y)を時間軸圧縮して、一水平走査期間(1線期間)の前半と後半に分離して記録する技術思想が開示されていると認められる。したがって、「色度信号すなわち2つの色差信号について輝度信号の1線期間に対応する1線期間に圧縮して時分割多重化して記録すること」は引用例2に記載されているとした審決の認定に誤りはないと認められる。

(b)  甲第7号証によれば、引用例3には次の事項が記載されていることが認められる(なお、審決の理由の要点(2)〈3〉の限度で当事者間に争いがない。)。

「2個以上の独立したテレビ信号を時間圧縮して1個の順次信号に変換し、その中に上記独立した各々のテレビ信号のすべての情報を含むことを特徴とするカラーテレビ信号の処理回路方式。(但し、1対1の時間関係のものも時間圧縮として含むものとする。)」(特許請求の範囲第1項)、

「特許請求の範囲(1)において、3個の信号によって構成されるカラーテレビ信号回路において、上記3個の信号の2H期間の信号の情報がすべて2H期間に圧縮挿入されて1個の順次信号を形成することを特徴とする回路方式。」(特許請求の範囲第7項)

「特許請求の範囲(7)において、3個の独立信号の内1個が輝度信号で他の2個が2つの原色信号または色差信号であって、時間圧縮によって1個の順次信号を作るに際して、1H期間に輝度信号を圧縮しないでそのままはめこみ、つぎの1H期間に上記2つの原色信号または色差信号を1/2に時間圧縮して、時間的に前、後の1/2Hずつにはめこむことを特徴とする回路方式。」(特許請求の範囲第8項)、

「本発明はカラーテレビ信号の処理回路方式に関するものであって、新規な信号変換方式によって良質のカラー画像信号の記録または再生に利用することができる。」(2頁左上欄17行ないし20行)、

「本発明はTED社のビデオディスクに採用されているような線順次方式の欠点を改良し、その長所はそのまま生かすことができる方式である。」(2頁右上欄10行ないし12行)、

「線順次方式はカラーテレビジョン信号の構成要素をなしている3色の同時色信号を例えば赤(R)、緑(G)、青(B)の順に一水平走査期間(H)毎に1色ずつ選択して繰返して出来る連続した線順次信号として記録または再生する方式である。本発明は一水平走査期間内に3色の内の2色の色信号をはめこみ、3色の内の2色の組合せを順次一水平走査期間毎に変えて生ずる線順次信号を用いる方法である。」(2頁右上欄17行ないし左下欄5行)、

「一走査期間内の2色の色信号はつぎのようにはめ込まれている。即ち、最初の1/2H・・・期間に例えばR信号の1H期間の信号を時間圧縮して挿入し、残りの1/2H期間にG信号の1H期間の信号を時間圧縮して挿入する。即ちこの走査期間内でもRとGの信号が順次式にはめこまれている。」(2頁左下欄11行ないし17行)

以上の記載によれば、引用例3には、ルミナンス成分と2つのクロミナンス成分とを時分割的に1チャンネルに統合して磁気記録するために、1H期間にルミナンス成分を圧縮しないでそのままはめこみ、次の1H期間に2つのクロミナンス成分を1/2に時間圧縮して、時間的に前、後の1/2Hずつにはめこむ技術が記載されていると認められ、引用例3には、2つのクロミナンス成分を1/2に時間圧縮して1H期間に配列する技術思想が開示されていると認められる。したがって、「色度信号すなわち2つの色差信号について輝度信号の1線期間に対応する1線期間に圧縮して時分割多重化して記録すること」は引用例3に記載されているとの審決の認定に誤りはないと認められる。

〈3〉  前記(審決の理由の要点(3))のとおり、引用発明1においては、ある線期間の輝度信号を記録するトラックに隣接して同じ線期間の2つの色信号を周波数多重により記録しているものである。そして、前記のように、「色度信号すなわち2つの色差信号について輝度信号の1線期間に対応する1線期間に圧縮して時分割多重化して記録すること」は、引用例2及び引用例3に記載されているものである以上、この認定を基に「信号の多重化として時分割多重化と周波数分割多重化が周知であってどちらを採用するかが必要に応じて任意に決定されていることを考慮すれば、引用例1記載のテレビジョン信号記録装置において色差信号の部分を引用例2、3のような時分割多重形式の記録に代えることは容易に想到できるものと認められる」との審決の判断に誤りはないと認められる。

〈4〉(a)  原告は、引用発明2は、静止画像を得るために1画像分の信号だけを蓄積する蓄積管を用いており、本願発明のように映像信号を次々に記録するものでないので、引用発明2の画像静止装置で行われている技術を引用発明1のテレビジョン信号記録装置に転用することは、必ずしも容易とはいい難いと主張する。

しかしながら、静止画像はカラーテレビジョン画像より抜き出すものであるから、静止画像を記録する技術も、カラーテレビジョン画像の輝度信号及び色信号を処理するものであることに変わりはなく、この静止画像に関する技術を磁気テープにテレビジョン信号を記録する記録装置に転用することは、当業者にとって容易に行い得ることであると認められる。したがって、この点の原告の主張は採用できない。

原告は、引用発明2において、ある線期間の1対のクロミナンス成分は、その一方は当該線期間後判に圧縮され、その他方は次の線期間前半に圧縮されるのであるから、これを「輝度信号の1線期間に対応する1線期間」とはいえない旨主張する。

しかしながら、審決が引用例2に記載の2つの色差信号について「輝度信号の1線期間に対応する1線期間に圧縮して」と認定したのは、期間の長さにおいて対応する趣旨であり、1線期間の輝度信号に対応して該1線期間の色信号を圧縮することまでを意味するものではないと認められるし、引用発明2において1線期間の2つの色信号のうち一方は当該線期間後半に圧縮され、他方は次の線期間前半に圧縮されている点は、引用例2の記載から、2つの色信号(色差信号R-Y、B-Y)を時間軸圧縮して、一水平走査期間(1線期間)の前半と後半に分離して記録する技術思想を把握することの妨げになるものとも認められない。したがって、この点の原告の主張は採用できない。

また、原告は、引用例2に記載されているような形で1対のクロミナンス成分を時間圧縮して配列するためには、書込みと読出しとを同時期に行うことができる特殊なメモリが必要であって、この技術を本願発明のように1線期間のルミナンス成分に対応する2つのクロミナンス成分を同じトラック上に磁気記録するのに転用することは、容易とはいい難いと主張するが、審決は引用例2に開示されている具体的な色信号の配列の点まで引用するものではないから、この点の原告の主張は採用できない。

さらに、原告は、引用例2には、本願発明の「スイッチング装置と時間圧縮装置とを含む信号処理手段」が明示されていないと主張するが、2つの色信号を統合して1トラックに記録する以上色信号を選択するスイッチング手段は不可欠であり、そのことは、引用例2の記載から自明であると認められるし、前記説示の事実(審決の理由の要点(2)〈2〉)によれば、引用例2の時間圧縮統合回路が本願発明の信号処理手段に対応すると認められるから、この点の原告の主張は採用できない。

(b)  原告は、引用発明3につき、1線期間置きに信号を間引いて記録するのでクロミナンス信号についても信号の半分が失われることが明らかで、信号の損失を生じることなく記録しようとする本願発明とは異なるものであると主張する。

しかしながら、審決は、引用例3から「色度信号すなわち2つの色差信号について輝度信号の1線期間に対応する1線期間に圧縮して時分割多重化して記録すること」を引用したにとどまるものと認められるから、原告のこの点の主張は、審決が引用しない部分に関するものであり、採用できない。

〈5〉  したがって、原告主張の取消事由1は理由がない。

(2)  取消事由2について

引用発明1に引用発明2ないし引用発明3を適用して本願発明とすることが当業者が容易であることは前記(1)に述べたとおりである。そうすると、原告主張の効果は、本願発明のように構成することにより当然予測し得るものにすぎないと認められる。

したがって、原告主張の取消事由2は理由がない。

3  よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の定めについて行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

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